競馬の伝説のレース集

競馬レースのまとめを解説していきます。年代別、騎手別、レース別にまとめてある動画を解説付きで詳細に説明しています

電撃引退した藤田騎手の伝説のレース


f:id:taka0522san:20190516023716j:plain

 

 

96年ダービー
フサイチコンコルド
音速の末脚。

 

97年有馬記念
シルクジャスティス
勝ち切れ無さを払拭しました。
ここ一番で末脚爆発

 

11年天皇賞・春ヒルノダムール
悲願のGI、ゴール前で渾身のガッツポーズをしています。

 

11年フェブラリーS
トランセンド
冬の府中を震撼させた圧巻の逃走劇です。

 

92年エリザベス女王杯
タケノベルベット
伏兵とは思えぬ強さで、人馬ともにGI初制覇です。

 

最後の騎乗を終えた直後に引退メッセージが公開され、「9月6日札幌競馬最終日にて騎手人生25年間に終止符を打つことに決めました」と始まり、「沢山のファンの皆様に応援して頂いたことは私の財産でもあり感謝の気持ちで一杯です」とメッセージを残した一方で、

「エージェント制度により、地方や外国人ジョッキーが主体となり、調教で頑張っている連中の活躍の場が無くなり、乗るチャンスも減っていく」、

「エージェントによりリーディング争いが年頭から決まる。何が面白いのか」、と「エージェント制度」への批判を展開。


また、「2,3年前から競馬に対するモチベーションが無くなっていた」ことを告白し、「これからダラダラ続けても、ファンに『不甲斐ない』と言われてもしかたないし、いつまでも競馬会にしがみつきたくない」と書かれていました。

 

突然の引退報道にジョッキーたちからのコメントも相次ぎました。


・武豊騎手 「1ヶ月前から本人から聞いていた。ここ数年は悩んでいる感じがあったし、つらかったと思う」


・藤田騎手と同期だった四位洋文騎手 「急なことでビックリしている。また騎手を続けると思っていた。競馬学校の3年間、ジョッキーの25年間ずっと仲間だった。本人が決めたことだけと寂しい」と同期の引退を寂しがっていました。


・内田博幸騎手 「自分より若いのにもったいない。まだ乗れたと思う」


藤田伸二騎手は1991年にデビューし、1年目に39勝を挙げて最多勝利新人騎手賞を受賞。92年にエリザベス女王杯をタケノベルベットで勝利しGⅠ初制覇。

 

96年にはフサイチコンコルドとのコンビで日本ダービーを制覇。

その翌年の97年は、シルクジャスティスで有馬記念を勝利。

2002年に自身初の年間100勝(111勝)を達成すると、2006年には自己最多の127勝をマークしました。


しかし、2011年以降は騎乗機会とや勝利数が少なくなり。2012年は31勝、昨年は33勝、今年はここまで18勝しか挙げられず。5日の札幌2レース・2歳未勝利戦のジョルジュサンクが騎手生活で最後の勝利でした。


騎手生活27年間で通算1918勝(現役5位)、重賞93勝、GⅠ通算17勝。

 

藤田騎手といえば、GⅠの大舞台で勝負強さを発揮し、何度も番狂わせを起こしました。さらにはヒルノダムールで凱旋門賞に挑戦したり、トランセンドでダート界の一時代を築いたりと記憶に残る場面が多くありました。

 

フェアプレー賞を19度受賞、特別模範騎手賞も2回も受賞、進路妨害での騎乗停止が少ないという点からクリーンなイメージがある一方で、一般人に暴行を加えて3ヶ月の騎乗停止を受けたり、暴露本を出版して波紋を呼んだこともありましたが、なぜか憎めない騎手でファンの数がすごかったのを今でも覚えています。

Powered by RSSリスティング