オルフェーヴルの記憶にも記録にも残る、暴れん坊の引退レース。
最後の最後まで記憶にも残る、8馬身のぶっちぎりで勝利!
表彰式直後にオルフェーヴルが厩舎スタッフを蹴るハプニングがあった。勝利記念の馬服がめくれ上がったのを直そうとした岩崎助手の顔面をキック。あごに切り傷を負わせた。幸い軽傷で、岩崎助手は「最後にいいのをもらいました」と苦笑いしていた。
2001年 ジャパンカップダート(GⅠ)クロフネ
この年の春は、単勝1.2倍の圧倒的な人気に応えNHKマイルカップを勝ったクロフネは、その年の秋は天皇賞を目指していましたが、復帰戦の神戸新聞杯で賞金の加算ができず、外国産馬の出走枠に入ることができなくなってしまいます。
そこでダートに矛先を変えて挑戦した武蔵野ステークスすることになりますが、そこでとんでもないパフォーマンスを見せることになります。良馬場ながら1分33秒3と芝コース並みのタイムでレコードを叩き出し、後続に9馬身差の圧勝を見せます。
2000年 根岸ステークス(GⅢ)ブロードアピール
ブロードアピールはこれまでダートで2戦2勝でしたが、芝のレースを中心に使われており、5戦ぶりのダートでの競馬となりました。
レースではいつものように後方から運びますが、マイペースに持ち込んだエイシンサンルイスの粘り込みが濃厚な雰囲気で最後の直線に差しかかります。しかし、外から異次元の脚で追い込んだブロードアピールが見事な差し切りを決めます。
この馬の上がり3ハロンのタイムが34秒3でしたが、その次に速かった馬がトーヨーデヘアの35秒5と1秒以上の差があったこと考えると、末脚の次元がどれだけ違ったがよく分かります。